2021年10月25日

我思う、故に我あり

いきなりですが、私は人見知りでは ありません。


初対面の人ともすぐに仲良くなれるし、お話することも苦になりません。


たぶん、どちらかというと気は強い方だとは思います。


ですが、それを表に出すことはなく一見優しい人として振る舞うことが出来ます。


そのうちに気づかれてしまうことではありますが・・・(笑)


相手に合わせるのも得意なので人間関係はそつなく熟(こな)してきました。


そんな私ですが意外と孤独も好みます。


たくさんの人と接していると疲労感を感じるときがあります。


もちろんそういう傾向は私に限ったことではないと思いますが、例えば職場での歓送迎会との名目で催される「飲み会」などには極力参加したくありません。


適当に話を合わせて適当に相槌を打つこと、もちろん出来ますが、できれば避けて通りたいと思っています。


職場の人とは気心がしれた数人で集まるのならば、気持ちよく参加したいとは思いますが。


傍から見たら、まさか私がそんなふうに思っているなんて、きっと誰も想像していないでしょう。


コロナ渦で集まる機会が減ったことを密かに喜んでいるのは、私だけでしょうか?



さてここからが今日の本題です。


以前の記事で過去何回かブログをしていたことは書きました。


今世界中には多くのブログサービスが存在していますが、それぞれコミュニティが密接であったり、そうでなかったりと特徴があるので、自分に合ったサービスを利用することが出来ます。


以前のブログはコミュニティが割と密だったので、アクセス数もそれなりに伸び、コメントなどもいただいて充実したブログ生活を送っていたのかもしれません。


それがだんだんと苦になるようになったのは、きっと本来の私の中に眠っている、たまに「孤独を好む」という傾向が頭をもたげてきて、気を遣うことに疲労感を感じるようになったからかもしれません。


更新するたびに気になる「アクセス数」「いいねの数」、それらを気にしないでいられたらどんなに良かったでしょう。


実生活に大きな変化が訪れたタイミングでそのブログは休止することに決め、落ち着いたところで今のブログを始めました。


現在のブログはgoogleさんの「Blogger」というサービスです。


無料なのに強制広告がない、そして少々面倒に感じていた横のつながりがない、それは今の時代に即していないのかもしれませんが、「孤独?いいんじゃないの」を前面に掲げて始めるブログとしては「ちょうど良い」感じがしました。


これは今の私にとっての「ちょうど良い」感覚です。


「とっても良い」ではなく「ちょうど良い」がしっくりきます。


そして誰にも遠慮することなく『書きたいことを書きたいときに書く』というスタンスでのブログが続けられる気がしています。


ということで書きたいことが書けなくなったら終了ってことになるのかもしれません。


ただ言えることは、単に孤独になるためにブログを始めたわけではないので、又ご縁があったら、きっと繋がる方もいらっしゃるだろうな、と少しばかりの期待感も持っています。


コミュニティが密であろうとなかろうと、縁がある方とは必ず出会えるようになっている、というのが私が生きてきた中で得た確信の一つです。


ありがたいことに、以前のブログでもそういう大切な方との出会いがありました。


ご縁があるというのはこういうことなんだ、と感謝出来る出会いに生きる価値を再認識することが出来ました。



そういう醍醐味を感じたくて、今もブログを続けているのかもしれませんが。









2021年10月22日

ハッピーエンドでは終わらないにしても

 前回の記事で恥ずかしながら私の恋話を書きましたが、私が読んできた本の中でとても切ない恋愛の本があるので、今日はその本について書いてみたいと思います。


『林檎の木』作者は「ゴールズワージー」


ノーベル賞を受賞されたこともある作家で、今から100年以上も前の1916年に書かれた本です。


簡単にストーリーを書いてみます。


“主人公はイギリスの上流階級で暮らす「アシャースト」という青年。


徒歩旅行で訪れた田舎で出会った森の精のような少女「ミーガン」と一瞬で恋に落ちます。


アシャーストはすぐに結婚を決めミーガンを連れてロンドンに戻ろうと彼女の身なりを整えるため一人で近くの街に出向きます。


その街で偶然同じ上流階級の友人に出会い意気投合、彼の妹たちにも懐かれ久しぶりに都会の雰囲気に呑まれたこともあり、結局そのままミーガンが暮らす農場には戻らずロンドンへ帰ってしまいます。


もちろんミーガンを愛する気持ちはあったのでしょうけど、上流階級仲間の友人とその妹たちとの交流で、ミーガンを連れてロンドンに戻ることに先が見えないのではないか、という迷いが生まれてしまったのです。


結局アシャーストは自分の身分に合った友人の妹「ステラ」と結婚し落ち着いた幸せな生活を送ります。


そして何十年も経ち銀婚式を迎えた夫妻は記念に田舎の方に旅行に出かけ、素晴らしい景色を堪能するうち、アシャーストは気付きます。


その地が若い頃訪れたことがあり、あの妖精のような「ミーガン」と出会った場所だということに・・・。


そして林檎の木の下に塚があるのを見つけます。その塚はミーガンがアシャーストが戻らないことを嘆いて、自ら命を絶ってしまった塚なのでした。”


以上、私がストーリーを書いても叙情的な表現をお伝えするのは難しいですが、始めから終わりまで林檎の木をはじめ田舎の美しい様子が描かれていて、その牧歌的な世界には心打たれます。


私は若い頃この本を読んで、なんてアシャーストは身勝手な人間なんだろうと、ミーガンが可哀そうでなりませんでした。


彼女がどんなに恋い焦がれて、彼の帰りを待ち望んでいたことか!


ミーガンへの愛を誓ったのは、農園の咲き誇った林檎の木の花や森の美しさに惑わされてのことだったのか?


男なんてそんな生きもの、女の気持ちがわかってたまるか!ぐらいの勢いでした。


成就しない恋愛の切なさに、私も張り裂けるほどの胸の痛みを感じ「林檎の木」の響きを聞くだけで苦しくなっていました。


そういうことを最近ふと思い出したので、何十年ぶりかで読んでみることにしました。


イギリスの農園の叙情的な表現には相変わらず感動したのですが、ほんの少しですがアシャーストの気持ちが分かるような気がしたのは、きっと歳をとったからかもしれません。



本来は小説でも映画でもハッピーエンドが好きな私です。


「こうやってお姫さまは王子さまと幸せに暮らしました」


で、終わるようなお話は多いですが実はその先も物語は続いていくわけです。


もしアシャーストがミーガンを連れてロンドンに戻り結婚していたら、さてその先も続く物語はどうなっていたでしょうか?


ミーガンが自ら命を断つことは免れたのでしょうか?


もちろん幸せに暮らしたかもしれませんし、そうでないかは誰にも分かりません。


大恋愛の末に結婚したからといってその後もうまくいくかどうか、それは周りを見渡せば分かることです。


成り行きで結婚して(すみません、とても失礼な表現ですが)、とてもうまくいっている方たちもいらっしゃいます。


答えは人の数ほどあるでしょうから、この世に正解を求めても仕方ないことです。


考え方というのも年齢で変わったりします。


あえて言うと、成就した恋愛よりも叶わなかった恋愛のほうに意識が向くことだけは確かかもしれません。


あなたにも、きっとそういう切ない恋愛の経験がおありなのではないでしょうか。





2021年10月19日

『能古島の片想い』に寄せて

 青春真っ只中の頃のこと・・・

私には大好きな人がいました。

15歳で出会って別れたのは18歳のとき。


付き合っていた、といっても彼は高校の同級生なのでお互いに部活などで忙しく、年に何度かのデートと時間が合えば登下校が一緒になるくらいで、私は遠くから彼の姿を見ているだけで幸せでした。


身長が高い彼の横に私が並ぶと、まるで『チッチとサリーだね、なんて友人たちはからかうのですが、それさえも私は褒め言葉として捉えていました。


※「チッチとサリー」みつはしちかこさんの4コマ漫画で、背の低い女の子と背が高い男の子の恋愛模様を描いた作品です。


高校を卒業して彼は東京へ、私は伊豆に移り遠距離恋愛になりました。何とか月に一度会うことで気持ちはずっと変わらずにいたつもりでしたが、18歳の秋を迎えた頃から運命の歯車がうまく噛み合わなくなってきました。


特に何かあって喧嘩をしたわけでもないし、気持ちが続かなくなったわけでもありません。


待ちに待った月に一度の会える日、どんなにその日を待ち焦がれていたことか!それが彼の都合でダメになってしまい、私の中にくすぶった気持ちが生まれました。


私にとっては貴重な月に一度しかない日なのに、どうして私のことを優先してくれないのか、一方的に不満の気持ちを抱いて、それを彼にぶつけてしまったのです。


もう少し冷静になれなかったのか、それはきっと若さゆえのことだったのでしょうけど、当時はただ待つということが辛くてたまらなかったのです。


(まあ今になってみれば後悔しきりですが)


だから別れましょう、なんて口にはしなかったけれど、何となくお互いに気まずくなってしまい結局は連絡をとらないようになってしまいました。


好きな気持は変わらなかったので、毎日苦しくなるくらいに彼からの連絡を待ちましたが、頑なに自分のほうから連絡することはありませんでした。


いつか必ず彼とは結ばれると信じていたのに、まさか別れることになるなんて、生まれて初めて経験した失恋の辛さ。


切ない気持ちで迎えたその秋にラジオから流てきたのは井上陽水の


『能古島の片想い』でした。


たぶん還暦前後を迎える方にとっては懐かしい曲の一つではないかと思います。




このYou Tubeの動画には能古島の様子が紹介されていますので、お時間がある方はご覧になってみて下さい。


スマホでご覧いただいている皆さま、ご迷惑かけて申し訳ありませんが、You Tubeのリンクが不具合のようです。下の方にスクロールしていただき、「ウェブバージョンを表示」をクリック下さいませ。


能古島(のこのしま)は福岡の博多湾に浮かぶ周囲12kmの小さな島です。


胸が潰れるほど彼のことを想いながらこの曲を聴いていた私ですが、まさか将来福岡に住むことになろうとは、そのときは思いもしませんでした。


《僕の声がキミに届いたらステキなのに》

《僕の胸はキミでいっぱいでこわれそうだ》

《キミが僕の中にいるかぎり波の声で僕は眠れない
本当なんだ》

もう二度と誰かを好きになることはないだろう、そう思っていたのに、そのちょうど一年後には別の人との結婚が決まることになるなんて、人生はどうなるか分かりませんね。


そしてその後福岡に移り住んだ私です。


私にとっての切ない歌ナンバーワンに輝く「能古島の片想い」
穏やかな秋晴れとなった昨日、友人から誘われて、その能古島に行って来ました。


福岡市西区の渡船場から船でわずか10分で島に渡ることが出来ます。


春は桜と菜の花、そして昨日は秋の草花が綺麗に咲き誇っていました。


青春の頃聴いていた歌の舞台「能古島」に立っている私。


苦しい想いが今は温かな想いに変化したのは有り難いことです。





























2021年10月16日

健康寿命を延ばしたい

 最近通い始めた「ハーブ・アロマセラピー」の教室は月に一度の開催なので、何とか仕事の都合をつけて通っています。


数日前に学んだ内容がとても面白かったので、このブログで共有したいと思います。


紀元前2400年頃の古代エジプトで、司祭が焚いていたという

『キフィ』という“お香”


それを現代風にアレンジしたものを実際に作りながら、ハーブがどういう役割をはたしていたのかのお勉強でした。


昔は宗教的な行事で使われていたお香、それが後々日本に伝わって『香道』として高貴な人々が楽しむようになったようです。


この『キフィ』は聖なる煙とも言われ、悪魔祓いの意味もあったとのこと。


本来は15~16種類のハーブを使うようですが、その時代で少しずつ変わっているようです。


今回私たちが使ったハーブは、イランイラン・レモングラス・オレガノなど9種類。


先生のレシピに従って、数グラムずつ測っていきます。


それにハチミツとワイン、3種類の精油(エッシェンシャルオイル)を加え、丁寧にかき混ぜます。


本当は新月の日に仕込み、満月の日に出来上がるようにするのがいいようですが、教室の日程の関係でそれは叶いませんでした。


これから一ヶ月の間毎日かき混ぜて、熟成する頃には香りも変化していきます。


熟成したら温めた器に少し盛って、拡がる香りを楽しむことが出来ます。


ただそれで終わりではありません。


使用して乾燥したハーブは又容器に戻して、別の好みのハーブやハチミツやワインを加えて、一生オリジナルのお香を育てていけるのです。

※下の写真は実際に教室で作った「キフィ」
(熟成後に保管するための可愛い陶器かガラスの器は只今物色中)













        

継ぎ足しながら一生育てていくなんて、まるで日本の「ぬか床」のようですね。


(ちなみに「ぬか床」は夏になると何度も挑戦してきましたが、秋になると続かなくなって、冷蔵庫で放置・・・。
結局処分するしかない、の繰り返しでした。)


その失敗をふまえて、「お香」は一生モノになるようにしたいものです。


さて、精油を3種類使用したと書きましたが、その中の一つに


「ラベンサラ」という初めて耳にした精油がありました。


この精油、主な原産地はマダガスカルでクスノキ科の樹木の葉から抽出されます。


その効能が素晴らしいのでご紹介します。


マダガスカルでは万能薬として使われており、「抗ウィルス」「抗うつ」「免疫力アップ」「抗菌」「抗炎症作用」が期待出来るのです。


まさに今の時代にぴったりの精油だと言えそうです。


この香りで落ち着きを取り戻し、質の良い睡眠効果も得られるということは、当然それが免疫力アップに繋がるというわけですね。


香りは「ユーカリ」や「ティーツリー」に似ていて、それよりも柔らかく日常的にも使いやすいそうです。


前の記事で「目に見えない世界」のことを少し書きましたが、香りも目には見えません。


でもその香りが身体に及ぼす影響はちゃんと認められています。


今ではそれがセラピーとして確立されているわけですから、身体の調子を整えるために「精油」「ハーブ」を使ってみるのも一つの方法です。


薬と違って香りはダイレクトに脳に届くので、すぐに幸せホルモンも躍動して若返りにも役立つでしょう。


人の平均寿命は飛躍的に伸びましたが


平均寿命・・・何歳まで生きられるか


健康寿命・・・何歳まで健康で生きられるか


私が気になるのは健康寿命なので、いかにしてこれを延ばすことが出来るか、が当然気になります。


もちろん肉体の健康には運動して筋肉をつけることや食生活も重要ですが、「香り」で脳を刺激することの重要性については無関心な人も多いはずです。


以前の記事で「色」の効能について書きましたが、今日は「香り」の効能についてのお話でした。


どなたかの参考になれば幸いです。


ブログで「香り」がお届け出来ないのが唯一残念です。





2021年10月14日

少しだけ「見えない世界」の話

 何かきっかけがあったわけではありませんが、目に見えない不思議な世界がわりと好きです。


超能力とかスピリットの世界、科学では説明出来ないような世界を認めたくない人も多いでしょうけど、私は認めるというより存在すると捉えた方が、より人生は豊かに感じられると思うのです。


ただしスピリチュアルな世界が好きだといっても、のめり込んでいるわけではありません。


地に足を着けて生きることが一番大切ですし、どちらの世界もバランスが大事なので、バランスを崩してしまったら逆に生き辛い世の中になってしまうでしょう。


私自身にはサイキックな能力は殆どありません。


100%ありません、と書かないのは、すこ~しあるかもしれないなあ、と思うからです。


ただし何かが視えたり聞こえたりはありません。


若い頃は予知夢というか正夢を何度か経験したこと、第六感というか直感が働いて物事が動く、と感じることがあるからですが、今日は私が経験した自分でも面白いと感じた出来事を書いてみようと思います。


たぶん10年ほど前になります。


長いお付き合いの美容院に行ったときのこと。


その日は年に2回のイベントの日でした。


『5回連続でジャンケンに勝ったら、〇〇をプレゼント!』と銘打った企画で、〇〇が「スイカ」だったり「お米」だったり季節に合ったプレゼントが用意されていました。


何十年も生きて来て、ジャンケンが強いか弱いかなんて考えたこともないし、ましてや5回連続で勝つなんて私には出来っこないと思ったので、チャレンジせずに帰ろうとしたのですが、まあダメで元々だから遊んで行って下さいと言われ、どちらかというと1回で負けるだろうな・・・と弱気な気持ちでトライしてみました。


対決する相手は、お店の顔見知りのスタッフ。



すると、そこからはスローで時間が進む感覚なのですが


ジャンケン!・・・グー?チョキ?パー?


と考える前に、ちょうど頭上10cmぐらいの空間に映像が浮かびました。


何、この映像?


これを出せってこと?


疑問に思いながらも、映像で浮かんだ通りのサインを出すと、勝ちました。


ここまでは単なる偶然でしょうが、実はその後4回同じことが続き、私はプレゼントのスイカをいただくことになりました。


無心で映像に浮かぶサインの通りにしただけで勝ってしまったのです。


さすがに5回連続での偶然とは考えられなかったのですが、ただ単に私がそのときジャンケンに強かっただけのことになるのでしょうか?


実はこの半年後にも同じ美容院で、同じようなイベントがあり、又同じように映像でサインが現れた通りにやってプレゼントをゲットしました。


その後はそのイベントもなくなり、ジャンケンをする機会もないのですが、映像でサインが現れる、というかそれが見えた気がしたのは、いったいなんだったんだろう?と今でも不思議でなりません。


「そんなの単なる偶然でしょ」って言われたら、はいそこまでって話なのですが。



話は少し違いますが、よく人の噂話をしたら本人が現れる、という経験は誰もがあると思います。


これは悪口や陰口を言っていたらということではなく、最近〇〇さん見かけないけど元気かなあ、と考えていたらメールが来た、というようなことです。


これに似た現象を仕事で体験することがあります。


例えば、ふと仕事で疑問に思うことがあって、それを誰かに聞いて解決した直後に、その疑問に感じていたことが発生する、心の中でさっき聞いておいて良かった~、と安心する・・・みたいなことです。


「こと」がスムーズに流れているなあと感じるときには、こういうラッキーな出来事が続きます。


私だけでなく、たぶん多くの人が同じような経験をされていることでしょう。


目に見えない世界と目に見える世界はちゃんと繋がっていて、うまくシンクロしているのだと思われます。


前世や来世のことは分かりませんが、この世はたった一度だけですから、見えない世界さえも楽しむ方がお得だと私は考えています。







2021年10月11日

《色のお話 今日はピンク色について》

 小学生それも低学年の頃に、初めてディズニー映画の『シンデレラ』を観ました。


女の子だったら誰もが憧れる素敵なドレス、ガラスの靴がピッタリ合って、最後は王子様と結ばれるというハッピーエンドのストーリーよりも、きらびやかな色の世界に圧倒されました。


そして、その夜に見た夢は可愛いらしいピンク色のドレスの夢でした。


それ以来、私の中では『ピンク色』が特別な色になってしまったのか、好きな色は成長に従って変化しましたが、いまだに潜在意識の中にピンク色が眠っている気がしてなりません。


ピンクが好きだからといって、洋服や小物やインテリアなどをピンクにしているかといえば、実はそうでもありません。


今は洗面に使うタオル、春・秋用のパジャマ、スマホケースぐらいです。


若い頃も特にピンクを意識していたわけではありませんが、面白い体験をしたことはあります。


それは一時期、周囲の人から『ピンク色の服が似合うよね』とよく言われたことです。


何が面白いかって、その時期に私はピンク色の服など持っていなかったからです。


『えっ?私、ピンクの服とか持ってないけど・・・』
と答えると


逆に相手からは怪訝な顔をされました。



ピンク色といえば有名な話があります。

(※色に興味があったのでそういう勉強をしたことがあります)


刑務所の独房の壁をピンク色にすると、受刑者の攻撃性が抑制される効果があることです。


実際にアメリカや他の国でも採用されています。


安心感を与えてくれるのは、ピンクと言っても淡い色の優しいピンク色なので、ショッキングピンクでは効果が違います。


ということで、淡い色のピンクを見たり身につけたりすることで、優しい気持ちになったり身体もリラックス・・・実際に肉体が緩む現象が起こるのも確かのようです。


私はそれを自分で体感したことがあるので、なるべく枕や眠るときに身につけるものはピンク色にしています。


女性のホルモンバランスを整える効果もあるからです。



以前に、たまたまピンク色の服を着ていた時の話です。


ある講演会に参加し帰ろうとしていたら、友人にバッタリ会いました。


時間的に遅かったので、じゃあ又ね、と帰ろうとしていたら・・今から少しお茶しない?と誘われたのです。


ごめんね、家族も待ってるからお茶は次の機会にね、と断って帰宅したのですが、その後メールが届きました。


『遅い時間に誘ってごめんなさい、貴方が着ていたピンク色の服を見たら、つい声をかけたくなった』という内容でした。


思わず笑ってしまったのですが、確かにその時着ていた服の色「ピーチピンク」には『話しかけられやすい』という効果があるのです。


ということで、知らない人が大勢の場所に行くときは「ピーチピンク」「オレンジ」を身に着けていると、声を掛けられる機会が増えるかもしれません。


子どもだったら「パステルオレンジ」の方がより効果があるようですよ。

(お友だち作りをしたいときの参考にされて下さい)


実はピンク色の服で幾つかの注意点があります。


例えば、結婚のご挨拶などで彼の家を訪ねる機会があるときなどは、ピンクの服は避けたほうがいいようです。


それはピンク色を身に着けた女性を、彼の母親が見ると無意識に「嫉妬」を感じたりすることがあるから。


オレンジだったらピンクのように「女性」を感じさせないのでOKです。


あともうひとつ、バリバリ仕事をされている女性が商談などの際にもピンク色の服は「女性」を意識させてしまうから、やめておいた方が無難です。


実際にネイビーなどを身に着けてる方が多いようなので、仕事が出来る女性は無意識でも、そういう色の効果は察知されているのかもしれませんね。


そうそう、ディズニー映画の中でシンデレラ姫が着ていたドレスはピンク色ではなく、淡い水色だったことを知ったのは大人になってからです。


なぜ私の脳内で水色がピンク色に変わったのかは、永遠の謎ですが。


あまりピンク色の服を着ない私が、不思議とよく声をかけられるのも永遠の謎ということで・・・


ピンク以外の色の効果?については、いつか書いてみたいと思います。






2021年10月9日

栗ご飯と甘酒の想い出

 “栗”といえば、あの硬い鬼皮や渋皮を向く作業が苦になるので、なかなか手が出せないでいたのですが


最近は何でもYouTubeで解決とばかり検索してみたら、簡単に鬼皮も渋皮も剥ける方法が紹介されていました。


さすが、You Tube!


と栗を購入する前にその研究に没頭していたら・・・


何ということでしょう!もうすでに栗の季節は終わったのか、店頭で見かけなくなりました。(私が利用する産直のお店では)


思えば8月の終わり頃にはお店に並び始めていたので、時すでに遅し、今年こそは栗ご飯を作ろうとしていた私の目論みは来年へと持ち越すことになりそうです。


さて栗ご飯といえば、私の脳裏に浮かぶのは「お赤飯の中に栗が混ざっているもの」でした。


お赤飯ではない、白いご飯(もちろん調味料で味付けはされている)の栗ご飯が一般的だと知ったのは、大人になってからです。


今でも“栗ご飯”をネットで検索すると、残念なことに私が馴染んできた“栗ご飯”は殆ど登場しません。


子どもの頃は、ちょうど今ぐらいの秋になると家族総出で栗の皮むきをしていました。


もちろん刃物を使うのは子どもには危険なので、作業をしていたのは両親と祖父母だけでしたけど、もうすぐ美味しい栗ご飯が食べられることを思うと、ワクワクしてその作業を見ていました。


今思うと、あの大量の栗は祖父が近くの山(実家所有の山)に行き拾ってきていたのでしょうか。


田舎なもので、昔は栗を買うということはしていなかったと思います。




「長崎くんち」「唐津くんち」は全国的にも有名ですが、北部九州では秋の収穫祭として「くんち」もしくは「おくんち」という行事があるようです。(だいたい9月末から11月始めの頃)


私が住む福岡でも「博多おくんち」があるようですが、私の地元(他県)では特にお祭りというより、上記でご紹介した“栗ご飯”や“甘酒”を作るのが一般的でした。


当時小学生だった私は、秋の訪れが感じられる頃になると心の中で「早く“おくんち”が来ないかなあ」と行事そのものではなく、ただ単に“栗ご飯”と“甘酒”が食べたくて待ち構えていたのですが、その習慣も中学生の頃には、すでになくなっていたような気がします。


“甘酒”は祖母が手作りしていました。


それも『麹』から自分で作っていたのを覚えています。


祖母の手作りの甘酒は、私の中でずっと懐かしい味として残っており、母でさえもその味を再現することは難しかったようです。


ここ数年は「発酵食品」の効果が注目されるようになって、甘酒を使った料理なども紹介されるようになりました。


思い出したように市販の甘酒を買うこともありましたが、けっこう高価なので、頻繁にというわけにもいきません。


甘酒大好きの私がとった苦肉の策、それはやっぱり手作りすること。


※好きな分野に関しては、けっこうのめり込んでしまいます。


で、難しいとされる甘酒作りが簡単に出来る方法、それは文明の利器を使ってのことです。


市販のヨーグルトメーカーを使うのです。


温度設定を60℃で10時間保温すれば完成します。


米麹は簡単に手に入りますし、白ご飯でも雑穀のご飯でも、何なら冷凍していた残り物のご飯でも大丈夫!


もちろん少しばかりの工夫は必要ですが、何度か作るうちに自分でもコツのようなものが掴めます。


おかげさまで今では季節を問わず気が向いたときに、甘酒を楽しめるようになりました。


※ちなみに一口で甘酒と言っても、麹で作るのもの酒粕で作るものがあるようですが、ここで書いているのはアルコール分を含まない麹で作る“どぶろく”のように見えるものです。


砂糖はいっさい使わないのに、とっても甘くなるのは発酵の賜物ですね。


長い人生の中で“お赤飯の栗ご飯”と“甘酒”を楽しむ「おくんち」は、短い期間だったかもしれません。


にもかかわらず、肌で秋を感じるこの季節になると必ず思い出されるのは、子どもの頃の体験がいかに身に沁みているかということでしょう。




追記

栗の皮むきのことばかり考えていたら、数日前面白い夢を見てしまいました。

栗を売っている八百屋さんの店主が、昔働いていた会社の同僚で私のために綺麗に栗の皮を剥いてくれていた、という夢。

やった~!と嬉しくて、よし栗ご飯を作ろう!と思っていたのに、それはまさしく夢で終わってしまいました。